拙作『シュレーディンガーの猫~Our Last Question~』は、日本演劇教育連盟が編集している「演劇と教育」に載ったために、高校よりも中学校からの上演許可願が多い。これまでに北は北海道洞爺湖町から南は九州・熊本県益城郡嘉島町の中学校まで25校で上演されてきた(ちなみに大沼高校、県内外の高校、プロの劇団の上演を合わせると65公演)。中には映像を送ってください、という学校もあるが、基本的にそれぞれの学校で独自の『シュレ猫』を上演している。潤色に関しても僕は無頓着で、上演台本を見せて欲しいなどと言ったこともない。
ただ、丁寧に送ってくださる場合があって、一番驚いたのは登場人物が20名(!?)というすごいバージョン(オリジナルは8名)。だいたいは「知らぬが仏」で済むのだが、こういうものに限って映像が送られてきたりする。ラストで20本の手が挙がるシーンは圧巻でした。最初は思わず笑いが出そうになったけれど、全員が手を挙げたまま正面を向いた途端、言いようのない迫力に感動を覚えたものだ。また、あれは3人の女子の友情を描いた話でもあるのだが、2人が男子になっていたりして、ちょっとドキドキするような恋愛ものみたいになっているのもある(三角関係か!)。熊本県の益城郡の中学校では、ラストで「福島の人も熊本の人もがんばって行けると思う人」と会場に呼びかけ、会場から手が挙がるという感動的な光景も見られた。
一方で、「仲間外れはだあれだ!」という台詞はまずいので「違うのはだあれだ!」に直してよいかという問い合わせもきたことがある。「仲間外れ」はどうやらタブー語になったようだ。義務教育ではいろいろなことに配慮しなければならないのだな、といつも驚く。
しかしながら、いずれの学校も、上演が終わった後の生徒さんたちの表情が素晴らしいとのことなので、この台本を選んでくれた先生方が目指しているのは、演劇としての出来すなわち「結果」ではなく、震災や原発事故のことや福島県の被災した人々のことを考える「過程」を重視しているのだな、ということがよく伝わってくる。実際、文化祭での学年演劇、もしくはクラスの発表という形での上演が多いので、教育の一環として取り組むのにはとてもよい題材なのだろうと思う。お話を伺うと、震災や原発事故について調べたり、わざわざ福島まで取材に来たりする中学生もいて、そういうエピソードが感動的だ。福島県民の一人として感謝しています。
で、コンクールではどうなのか。難しいんです、この台本。県内では白河旭高校が挑戦してくれたことがあります。小田原高校(神奈川県)が地区大会で最優秀賞、玉川聖学院中学(東京都)が私立中学の大会で最優秀賞などあるが、概して結果はあまりよくない傾向にある。非常に責任を感じます。僕の台本は伏線があちこちにあることが多いので、45分という中学演劇には馴染まない上に、突然回想シーンになるところがあって、「読んだ時はこれだ!と思ったが、実際に動いてみるとどうしたらよいか分からない」と言われてしまう。難しいんです、本当に。大沼高校で上演する場合は、初代のチームが1年以上かけて練ってきた演出が遺産として残っているので問題はないのだが。
さて、今年度の東京都中学校連合演劇発表会は昨年の12月25日(日)~27日(火)と、年をまたいで今年の1月8日(日)の4日間にわたって行われた。最終日に荒川区立尾久八幡中学校演劇部が『シュレーディンガーの猫』を上演する。顧問の先生がとても熱心な方で、いろいろやり取りをするうちに、僕はどうしても上演を実際に観てみたくなった。というより応援したかったのだ。
会場の大田区民プラザに着くと、まず驚いたのが盛況ぶりである。出場校が多いせいもあるけれど、会場が一杯なのだ。中学生と保護者らしき観客だけでほぼ満席(ちなみに上演校ごとに席が割り当てられていて、そこへ保護者がどんどん座っていく)。一般客らしいのは僕と、同行した本校の卒業生だけ。何となく視線を感じる。おかしな言い方ですが、僕のような「ひげ面」など一人もいない。高校演劇の会場だと怪しげな人物が(大人も高校生も)ウヨウヨしているし、いかにも業界人みたいな面々もウロウロしている。その猥雑な(?)雰囲気がない。まるで学校の文化祭の会場みたい。明るくて整然としているし、行き交う人々がみなお行儀がよい感じ(高校演劇の会場が暗いというわけではないですが、もしかして単に都会的だということか?)。
会館に併設されているレストランで顧問の先生と初めて対面した後、生徒さんたちに会って激励をした。見た目は中学生だが、対応が大人。席について、あれが東京の中学生かぁ、と感心しつつプログラムを開く。第1日目。『現代仕置き人―消えてもらいます―』という演目が目に留まる。おもしろそう。観てみたかった。続いて第2日目。お、畑澤聖悟先生の『アメイジング・グレイス』がある!観てみたかったなあ。第3日目。中学演劇で有名な斉藤俊雄『春一番』がある。そして、第4日目。なんと柴幸男『ハイパーリンくん』があるではないか。これは楽しみ。そして、大トリに『シュレーディンガーの猫』。
率直な感想を言えば、やはり全体的に文化祭で、教育的だし明るいし健全である。とても良く訓練されていて観ていて気持ちがよい。ただ、どうしても「中学生なのに」「中学生のわりには」という感覚で観てしまっているので、もし審査員だったら「全部が一番!」とか訳のわからないことを言っただろうと思います。ところが、尾久八幡中学校の『シュレーディンガーの猫』は違った。しつこいようですが、この台本は難しいんです。難しい台本に真正面から取り組み、被災していない中学生が被災者になりきろうと奮闘したことが伝わってくる、いい意味での「重い」芝居だった。会場の反応も、それまでのものとは質が違っている。芝居が進むにつれて、静寂が会場を包み込む。静寂は『シュレーディンガーの猫』の命なのだが、中学生の集団には耐えられないものではないか(演者としても観客としても)という僕の危惧は杞憂であった。審査結果はいまだにわからない。しかし、僕の中ではひいき目なしに最も感動を与えた上演だったと思う。
上演終了後、ロビーに出て来た生徒たちと握手をし、記念写真を撮った。みんな涙でぐしゃぐしゃになった顔を輝かせ、泣きながら笑っていた。僕は自然と何度も「ありがとう」と言った。
中学演劇が盛んであるのがうらやましいと思った一日でした。(M)
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